「ピアノ弾き」

美容室・パーマ屋若しくは最近のイケテル言葉で言うところの「ヘアサロン」のことを昔風に「髪結い屋さん」という、僕のおじさんは、その古めかしくとも何かたおやかな印象を受ける言葉遣いで、何とも形容しがたい上品さを内面からにじみ出させている。おそらくそのおじさんならば、ピアニストのことを自然に「ピアノ弾き」と呼ぶことだろう。

僕が「ピアノ弾き」という言葉から連想するのは、年の頃33才、若かりし時はその美貌でさぞかしもてたことだろうが、そろそろお肌も曲がり角を2回くらい迎えて化粧でもごまかしきれない、ただそれでも崩れる間際の「滅びの美しさ」という不思議な魅力をたたえた、はすっぱな場末の独身美人スーパーピアニストだ。

 以前、何を血迷ったのか僕は近くのボーカル教室に通っていた。講師の方がマンツーマンでレッスンしてくれる。そこに「ピアノ弾き」がいた・・・

 が、しかし、真実残念なことに、そのピアノ弾きは、33才の独身美人スーパーピアニストなどではなく、40近くの普通のおばちゃんピアニストだったのだ。
 それまでの8ヶ月、22才の、決して美人ではないけどウルトラ元気なぴちぴちピアニストに教えを乞うていた僕が、講師が普通のおばちゃんピアニストに変わってすぐに退会したのは、おそらく世の中のあらゆる男性諸君の賛同を得ることだろう。

 だってさ、ウルトラ元気なぴちぴちピアニストは、腹式呼吸のやり方を教えると称して、自分のお腹に僕の手を導いてくれた。ふっくりしたお腹。別にむちゃむちゃ欲情したわけではないけれども、真実、健康な日本男子としては、悪い気はしないさ。それ以来、ちょっとしたお腹フェチになったくらいさ、ふん。
 
 自称「歌手の卵」の彼女。(「歌手の卵」っていう表現も、何かかわいい) 風の便りにそのささやかな活動を聞くものの、いまだデビューはかなわないようだ。
 
 僕は、陰ながら応援している、歌手の卵ピアノ弾きを。願わくは、彼女が、はすっぱな場末の独身美人スーパーピアニストなんかになってしまわないことを。


 
 

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